シネマ図解「ジョーカー」~手強い魅力を三段重ねのレイヤーで解説~
※注意 ネタばれ有りエッセイなので、
映画「ジョーカー」「ダークナイト」「タクシードライバー」「キングオブコメディ」
未見の方はご注意ください
◆手強い魅力ーその秘密
「ジョーカー」は、
三つのジャンルの異なる映画を
下敷きに使っています。
「ダークナイト」
ーアメコミヒーロー映画
「タクシードライバー」
ー社会派ニューシネマ
「キングオブコメディ」
ーコメディ映画
さらに三つの映画は、
それぞれのメインテーマが違います。
「ダークナイト」
【善悪】
「タクシードライバー」
【主観(個人)と客観(社会)】
「キングオブコメディ」
【悲劇と喜劇】
このように一つの映画に、
「ジャンル」の違う
三つの映画の内容、
三つの濃いテーマ、
を盛り込んでいるので
当然、一筋縄ではいかないわけです。
まさに「手強い映画」!!。
しかし、これが不思議な魅力の
スパイスとして効いてくるのです。
◆三段重ねのレイヤー構造
この複雑な作りこそ
内容が「つかめない」
原因の一つと考えています。
そこで、三段重ねのレイヤー構造を
図解、整理してみました。
「ジョーカー」という映画の大枠に
三つの映画の要素が
表面→中層→深層と
三段重ねのレイヤー構造
になっています。
それを個人的には
「映画=人生」という
大きなテーマが包み込んでいる
と考えています。
これから三つの映画の層について
一つずつ、
引用イメージ(図、写真)と連動した
解説をしていきたいと思います。
◆表面1層
「ダークナイト」
表面のレイヤーは
映画「ダークナイト」
基本的なバットマン、
アメコミ映画としての下敷きです。
テーマが「善悪とは何か?」
そもそもヒーローって正しいの?
バットマンの、
民衆を救おうとする善は、
上から目線の正義の押し付けという
悪にも見えます。
ジョーカーが、
押し殺していた自分を
暴走させていく悪は、
世間に押し付けられていた
ルール(価値観)からの解放、
自己実現の強い意志
という善にも見えます。
「押し付ける正義」は「支配」
の顔つきをし、
「秩序の破壊」は「自由への解放」
の表情を見せます。
どちらが正しいというより
コインの裏表で、
表裏一体の存在。
◆中間2層
「タクシードライバー」
中間のレイヤーに
映画「タクシードライバー」
つらい社会的現実、
被害妄想の危さ、
を描く社会派ニューシネマ
としての下敷きです。
テーマが「主観と客観の区別」
世の中が悪く見えるのは、
自分が悪いのか?【主観】
それとも社会が悪いのか?【客観】
銃で射貫くのは
鏡に映った自分自身か?
画面の向こうにいる他人か?
悪の原因を求める標的に、
自分が立つのか?
他人を立たせるのか?
面白いと思うのは、
主観的に見た時、
他人の悪さが目につく。
客観的に見た時、
自分の悪さを見出す。
主観は「意思」であり、
また「思い込み」。
客観は「観察」であり、
また「冷たい視線」でもある。
水鏡に映った自分をどう見るか?
禅問答のように答えは反転します。
◆深層3層
「キングオブコメディ」
深層のレイヤーに
映画「キングオブコメディ」
チャップリンの名言
「人生はクローズアップで見れば悲劇、
ロングショットで見れば喜劇」
に基づくコメディ映画の下敷きです。
テーマが「悲劇と喜劇の紙一重=人生」
ジョーカーという映画は
悲劇という鐘で、
重々しい物語の始まりを告げます。
ピエロが看板を子供たちに奪われ、
暴行され、
ぶっ倒れた姿
のアップで始まります。
=「人生はクローズアップ
で見れば悲劇」
そして、喜劇というスキップで
軽々と物語から去っていきます。
ラストに病院の中で、
職員との追い駆けっこ
が引きの画で、
コメディ風に幕を閉じます。
=「ロングショットで見れば喜劇」
という展開で、
これは人生が悲劇や喜劇の
どちらかで語られるほど、
単純ではないと含みを感じます。
キングオブコメディの主人公も
「誘拐犯という悲劇」の中で、
「自分のコントを披露する喜劇」
がクライマックスにあり、
昔のイジメ、虐待という
「過去の悲劇」を、
コントのネタという
「喜劇の力」で浄化する、
カタルシスがあります。
結局、物語はー
あるいは映画はー
悲劇でも喜劇でもなく、人生。
美しかったり、愚かだったり、
「一所懸命生きたその姿」
だと思います。
だからジョーカーは
悲劇でも喜劇にも割り切れず、
「真っ直ぐな映画=人生」
として突き刺さるのだと思います。